君の名は无利弖。

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▲これがあの有名な江田船山古墳……

文字について考えてみたら、現在ってかつてないほど文字の時代だなあと思ったのである。Twitterで放っておいたらどんどん文字が流れていくし、最近は画像や動画や音のコンテンツも増えてるけどそれにしても文字情報ゼロってわけにはいかないし、やっぱインターネットは文字が基本で、そういやプログラムも文字で書かれてて、デジタルとか電子化の時代と言いながら文字ばっかなんですよね。紀元前に発明された古のアナログなツールなのに完全上位互換が未だに無いってすごくないですか。むしろ手書きの時代からデジタル時代になって使い勝手が一層良くなって、誰でも好き勝手に使えるようになってる。文字を使うことがこんなに簡単で自由なのはたぶん今が人類史上最高だと思う。

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▲江田船山古墳の隣にある虚空蔵塚古墳。今回の話には関係ないけど後円部の形も木の生え具合も濠も良い。

いっぽう、遡ってみると古墳時代ってのはほとんど文字を使っていなかったっぽい様子である。おかげでデカい古墳が残っていてもどういう目的でそんなにデカいのを造ったのかとか、誰の墓だとか、いつ誰が造ったのかとか、そういうのが全然わからない(おかげで楽しめるけど)。だから一緒に出てきた埴輪とかツボとか木の破片とかでどうにかこうにか年代とか造られた背景を推定しているのだ。こんなん当時の大王が一筆書いておいてくれたら「日本史の謎」とかいう胡散臭いのも全部解決してスッキリするのになあと思う。後世に記録を残すって大事なんですよ。2017年の我々が何を考えて生きていたのか、千年後にも誤解なく伝えないといけないですよ。

それで、これがその数少ない古墳時代の文字記録、東京国立博物館でいつでも見られる江田船山古墳の鉄剣銘です。常設展示に普通に置いてあってそれほど有り難みが感じられるわけでもないけど古墳おじさんにはたいへんありがた嬉しい。なにがすごいかというと古墳時代の人の名前が四人分明らかになります。これはすごいですね、何もわからない古墳時代の尻尾を掴むような感じだ。

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▲「獲   鹵大王」(左) 「典曹人名无利弖」(右)

まず獲加多支鹵大王=ワカタケル大王(=もしかして"雄略天皇")という天皇の名が明らかになり、この剣の持ち主で古墳の主であるおじさんすなわち无利弖=ムリテ氏の名が判明する。銘文からは大王がちゃんと大王って呼ばれてたとか、古墳造るレベルの偉い人でも名字が無かったとか、无利弖氏が大王の近くに仕えてたとかが分かる。

そう、これなんですよ、文字にしておけば後世に伝わる。やっぱ文字書かないとダメっすよ。と思う。

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▲展示の看板による文字の図。剣には四人のおじさんの名前が刻まれていた。

それだけではなく銘文の最後には剣を造った刀鍛冶の伊太和氏と、銘文を考えた張安氏の名前がわかる。張安氏は張が名字で安が名前、大陸系の渡来人であろうとのこと。中国の最先端カッコいい文化である漢字の銘文を作るにあたってプロに注文したのである。

あと、これはきっと伊太和氏の技ではないかと思うのだが、剣にはカッコいい馬の絵が彫り込まれている。

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という感じで、名前が出てきたおじさん四人、それぞれがどんな感じで生きてたかってのを想像すると、なんとなく現代とも地続きな感じがしてきます。文字で書かれているだけで、伝えられることはすごく多くなるってわけです。

ところで蛇足だけれども、「君の名は。」って文字による情報伝達が重要な要素なのです。スマホに文字を残して、直接会えない二人が言葉を伝えるとか、文字が壊れて、伝えられるはずのことがわからなくなるとか。君の名は何だったのか。あの「わからない」という感覚は、鉄剣に刻まれた消えかけの文字から古代の風景を見ようとする古墳マニアの心に近いのかもしれない。