埴輪馬のたてがみ

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世間ではウマが流行っているので馬について考えてみる。これは何年か前に東博ミュージアムショップで買った埴輪馬。おそらく東博所蔵の熊谷市出土埴輪がモデルになっていて、もともと埴輪馬の中でもプロポーションの整った個体(と思う)がさらに少し丸っこくデフォルメされることによっていっそうかわゆさが増しているように思われます。それだけでなく、モデルになった埴輪馬の画像と比べてもよく再現されていてミニチュアとしての出来が結構良い。

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▲出典:ColBase「馬形埴輪」埼玉県熊谷市上中条出土

埴輪馬の馬具は古墳の出土品にも同じものが多数見つかっているので、実在の馬をそれなりに再現したものであるように思えます。だからといって完璧な再現とは限らないんだぜ、という注意はあるが。

馬形埴輪の馬具・馬装表現が実物の忠実な再現である保証はなく、あくまで埴輪工人の認識を経た表現である点には注意を要しよう。(1)

そういう前提で見る必要はあるのだけれど、埴輪で表現された古墳時代馬に対する違和感というのが以前からありました。それがこの部分。

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ひとつめは、たてがみが魚の背びれみたいに立っていること。どうせ埴輪なんだからどうってことないじゃんって感じですか。繊細な毛の造形が難しいから省略しただけという可能性はたしかにある。でも競馬場とかで馬を見るとたてがみはサラッと風になびいてそれが馬の美しいポイントでもあるのだが、埴輪馬のそれはなんか剛毛が立ってるようで、かわいい系デザインのわりにここだけ硬派っぽくてなんかアンバランスな感じがする。

もうひとつは、たてがみのおでこの部分にある謎の角みたいな出っ張りです。古墳とかの出土品でこれに相当する物を見たことがないので土中で残るような材質(金属)ではなさそうだし、埴輪を見る限り頭絡には繋がっていなくて、とすると有機質のものをおでこにペトっとくっつけていたのか? 謎、である。

それが、最近になって馬の本を読んでいたら面白そうな話が書いてありました。埴輪馬みたいな直毛のたてがみの馬がいるんだぜ。

秦の兵馬俑の馬のたてがみも直立しているが、唐代になると長く垂れ下がるたてがみが表現される例がある。ヨーロッパ旧石器時代の壁画に描かれた馬の図像学的分析からは、このような長いたてがみは家畜化の結果で、壁画に描かれた野生馬ではモウコノウマのような直立したたてがみを持つことが明らかにされている。(2)

家畜化されて世代を経ることでたてがみが直立系からサラサラ系になるということがあるようである。そしてモウコノウマ、調べてみたら現代日本でも動物園にいるらしいということで見に行ってみました。するとたしかに、たてがみは立っていた。

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▲モウコノウマ、多摩動物公園

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▲たてがみ部分の拡大写真

全体のプロポーションは埴輪馬のそれにかなり近いです。そして面白いことに、埴輪馬に感じた違和感……つまり、かわいい系の見た目にもかかわらずたてがみだけが硬派でアンバランスに見えるのが、現実のモウコノウマにも存在している。ということは埴輪馬の違和感は当時の現実を忠実に反映した結果なのかもしれない。もともと直立系たてがみだった古墳時代馬が選択を経て現代のサラサラ系になったのだとすると、話はすっきりします。

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▲北海道和種、多摩動物公園

もうひとつの謎であるところのおでこの出っ張りについては、たてがみの先端を束ねてちょんまげのように飾っているのだとする解説を見つけました(ただし出典が書いてないので研究の経過はわからず)(3)(4)。まあ古墳時代人は髪を結うの好きそうだし(美豆良とか)同じ美的センスで馬の髪も結ってみたというのは無いことも無さそうである。という雑な思考を巡らせたところで馬についての考えを終わる。


〔引用・参考文献〕
(1)    辻川哲朗(2019)「馬形埴輪と馬飼形人物埴輪」右島和夫(監)『馬の考古学』雄山閣
(2)    植月学(2019)「東国の古墳時代馬」同上
(3)    松島榮治(監)(2021)「6 埴輪トリビア」『東国文化副読本』群馬県
(4)    松阪市文化財センター『はにわ通信』No.283 平成30(2018)年10月号
(5)    ColBase「馬形埴輪」https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/J-838(2021年10月9日閲覧)