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国分寺の瓦の色

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地方の大きな古墳を見に行くとわりと国分寺跡が近くにある。ような気がする。なんで古墳と国分寺が近くにあるかというと、(たぶん)大きくて見ごたえのある古墳がある場所は古墳時代には県庁所在地的な都会だったはずなので、それから二百年くらい後の奈良時代にもやっぱり県庁所在地的な都会だったに違いなく、なので政治的な寺であるところの国分寺は古墳の多い地帯の近くに建てられたいう、そんな感じである。たとえば東京なら府中に古墳があって隣の国分寺国分寺跡があるという具合だ。

でも土盛りさえ残ればいい古墳とは違って国分寺とかの建物は長い年月のうちに燃えたり壊されたり朽ちたりして、残ってないです(残ってたら法隆寺みたいに国宝になる)。あるのは土の中の基壇とかそういう石だけで、跡地は整備されていたとしてもだだっ広い野原だったりする。去年出雲の国庁跡に行った時もやっぱり跡地は野原だった。田舎の稲の匂いがする風が吹いている中で蕎麦畑と神奈備の山を見ながらボケーっとするという、これはこれで良い秋休みだったけれど。古代の都会は田んぼになってしまったのである。

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野原と化している建物跡が多いのではあるけれど、上総国分尼寺跡は復元整備されてました。建物が復元されてるのって奈良の平城宮跡とかくらいで、奈良以外ではたぶん、あんまりないです。何億円か掛かったらしい。ガイダンス施設もあって、客一人でもガイドしてもらえた。復元された回廊は法隆寺も参考にしたそうで、この連子窓ところなんか法隆寺っぽい。雰囲気が似てるのである。なお本物の法隆寺の連子窓のところは金堂と五重塔がよく見えてナイスなポイントです。

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本当は基壇のある場所には金堂を造りたかったけど大きな木が生えてたからそのままにしたとのこと。でも建てたら行政が宗教施設造ったことになって揉めそう。国家仏教はもう無いからいいのか。
大仏建立というのもあるし、もういっそ国分寺復興して鎮護国家の祈りを捧げるのもアリだ。

www.huffingtonpost.jp

 

ところで、瓦の色です。展示室に並んでる瓦を見ると分かります。こんなふうに。

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左がこの国分寺の瓦で、右が奈良の平城京の瓦。色が違う。焼くときの温度の違いで色が変わるらしい。あと、大都会奈良の最先端の技術で焼いた瓦とは違って、焼く窯の技術のバラつきがあってあんまり一定した品質じゃなかったということです。遠く昔のことなのでありそうな話だけれど、とすると復元した回廊は奈良式の黒い瓦でいいのだろうか。建設中の寺に近所の瓦窯からいろんな色の瓦がつぎつぎに運び込まれてきたとしたら、

「色違うけどどうしよう」
「困ったなあ」

ということになる。でももう金は払ったし使わないわけにはいかない。ならばたぶん屋根にはこう並べることになる。

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もしかして全国の国分寺の屋根は縞模様とかモザイクになってた可能性が無くはないなあと。そうだとしたら朝廷から地方にやってきたお役人は国分寺の屋根を見て(地方に来てしまった……)と寂しくなったかもしれないし、(すげー田舎っぽい!)とワクワクしたかもしれない。

そういえば以前、都会から田舎に遊びに来た人が瓦屋根を見て「この辺は立派な家が多いですね」って言ったのを聞いて、そんなもんかなあと思ったことがある。考えてみると東京の街中で瓦屋根ってあんまりなくて、スレートとか、ビルだったらコンクリートですね。屋根って結構、その土地の印象を左右するかもしれない。中国地方に行くと石州瓦で赤いのが独特だなあと思うし。実際のところ古代の寺とか政庁の屋根事情ってどうだったんでしょうか。ビジュアル的に今までのイメージとは違ったりするのだろうか。