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浜松町でモーニングして仏を拝んで古墳を愛でる朝

大学生のときに気づいたんだけれども、ビッグサイトでおこなわれる盆暮れのイベントに参加するときに、浜松町を基点にするのがわりと便利です。浜松町からはビッグサイト行の路線バスが出てて(当時は都営バスの虹01系統、今はkmフラワーバス)、貿易センタービルのコインロッカーはあのイベント期間中にありながら空きがある。京王線沿線に住んでた当時は乗り換えも京王線→都営新宿線都営大江戸線と行けばそんなに面倒でもない。それで、よく使っていました。
浜松町といえば新橋から連なるオフィスビルが多くて、つまり平日はサラリーマンだらけだけど休日は人が少ない。特に土日の朝ともなればなおさら閑散としてます。だから盆とか年末年始のビッグサイトへ行く前の朝食に最適で、始発で行くほどには熱狂的じゃない半端なオタクにとってはここで優雅に朝食を摂って、現地の阿鼻叫喚をネット経由で眺めつつ、ワクワクしながら虹01系統の乗り場へ向かうのが最高にテンション上がる時間だった。

駅直結の貿易センタービルの中にもカフェとかいろいろあるんだけれど、とくにイベントとかに出かけるわけでないときは地下鉄の大門駅を上がったところにある上島珈琲店にしてます。JRの駅からまっすぐに来る客はいなさそうな立地なので超空いてる、かと思いきや時々外国人観光客が早朝からダベってたりするのが謎っぽい。モノレール経由で羽田に行く人かしら。それにしてもハンバーガー屋とかよりはくつろいで本を読めるので良いです。ここで一日の予定を考えたりする。

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そうして朝食を食べてのんびりして、じゃあどこか目的地に行こうかと思うわけですが、ちょっとお待ちください。上島珈琲店、たしかに良いんだけど、別に浜松町じゃなくてもあるんです。チェーンなのでわりとどこにもある。せっかくなので、浜松町っぽいところに行きたい。それで、西へ向かって歩きます。一般的に西には浄土がある。三蔵法師も西へ向かって旅をしたという。


浜松町の西にあるのは増上寺。歴史的にも江戸幕府との繋がりが色々ある寺ということだけどひとまず調べるのは後回しにして、増上寺のポイントとしては土日の朝から門が開いてるってことです。門をくぐる。東京タワーを背景にして本堂がある。本堂も出入り自由。

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本堂に入ってお賽銭入れて焼香します。するとその先にパイプ椅子が並んでいる。誰もいない。そこで座って、正面の金色に輝くご本尊を眺めながらこちらも頑張って如来のごとき穏やかな顔でぼうっとしてると、なんだか宇宙の深淵を覗いたような気がしなくもない。雨の日に雨だれの音を聞きながらぼうっとするのがよいです。ザアザアと途切れのない音が繰り返し遠くから聞こえてくる他は物音もなく、静かな本堂に雨の匂いとお香の匂いが混ざっている。目を開けば薄暗い向こう側に阿弥陀如来南無阿弥陀仏。たぶんこれだけで結構いい休日になりそうな感じがする。

 

増上寺を出て、今度は南に行きます。行きますというか、以前から行こうと思ってて時間がないのを理由にちっとも行かなくて、今回初めて行ったんですが、芝公園の奥のほうに木に覆われた小山がある。これが芝丸山古墳です。東京の真ん中ではないけどそれなりにビルに囲まれた場所に前方後円墳があるってのはなんかとんでもないことですね。千五百年前に東京のあたりを治めていたたいそうエラいオジサンのお墓。まさか目と鼻の先にヤマトの大王家が引っ越してくるとは思わなかっただろうなあと思う。

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芝公園の側から入るとまずコンクリートを積み重ねた段があり、まさかこれが古墳の段築かと一瞬思ったけどそれにしては段が多すぎるので、たぶん後の世にいろいろやったんじゃないかと思います。いろいろですね。

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階段を上って、かなり上って、ようやく後円部にたどりつきました。石が置いてあるのが石室のある場所を示しているのかなあと思う。形はかなり削られているとのことだけど、上を歩いたところそれなりに前方後円形がとどめられていて、こんな都心にありながらちゃんと古墳を感じることができるナイスなスポットです。

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(やや見にくいけどサイドビュー。奥の盛り上がった小山が古墳。右が後円部、左側が前方部)

 

あと周辺を歩いてみたところこの場所って東京タワーの立ってる台地とひとつながりなんですね。台地の先端のちょっと盛り上がったところに古墳が造られてる。芝にかぎらず台地の先っちょって古墳が多くて(実際に数えたわけじゃないけど印象として)、たぶんシモジモの人からよく見えるようにしたんだと思うけども。あ、そういえば東京って武蔵野台地の先端に街が作られてるので、きっと江戸時代に造成したときに相当数の古墳が潰されちゃったんじゃなかろうかと思うんです。惜しいなあ。でも古墳を潰すとなると当時としては謎の石組みとか鏡とか刀剣甲冑、ことによると骸骨が出てきたりするので、記録に残ってたりするかもしれないし、江戸時代の怪談話の中に痕跡があるかもしれない。調べるのはあまりにも骨が折れるけれども。